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東京家庭裁判所 昭和51年(家イ)5501号 審判 1977年3月05日

申立人 平井正夫(仮名)

右法定代理人 親権者母 平井タエ子(仮名)

相手方 平井正博(仮名)

主文

申立人と相手方との間に親子関係が存在しないことを確認する。

理由

1  申立人は、主文同旨の調停を求め、本件調停期日において、申立人と相手方との間に、主文同旨の審判を受けることについて合意が成立し、申立人と相手方との間に親子関係が存在しないことにつき争いがない。

2  審問の結果と本件記録中の証拠資料によれば、次の事実を認めることができる。

申立人の母である平井タエ子と相手方は、昭和四一年一一月一一日婚姻し、都内○○区にアパートを借りて共同生活を始めたが、タエ子と近所に住んでいる相手方の親兄弟とは折合いが悪かつた。タエ子と相手方は、当初は避妊していたものの、次第に子供を欲するようになつた。しかし、容易に妊娠しなかつたので、タエ子が医師の診断を受けたこともあつた。タエ子は、結婚後間もなく会社勤めをするようになつたが、昭和四三年一〇月ころから、勤務先の同僚である松田和夫(本籍宮城県××郡××町△△△△△○○番地)と情交関係を持つようになり、相手方に気付かれぬままに、週に一、二度ないしは月に一、二度の頻度で松田が住んでいたアパートなどでその関係を継続した。タエ子は、昭和四五年春、妊娠したことに気付いたが、その子は相手方の子ではなく、上記松田和夫の子ではないかと思つた。しかし、相手方が自分の子と信じて喜んでいたので、タエ子は相手方には何も打ち明けなかつた。そして、タエ子は昭和四六年一月一一日申立人を出産した。しかし、タエ子は上記相手方の親兄弟との折合いの悪さなどから相手方とも不和となり、昭和四八年五月二五日、申立人を連れて相手方方から家出し、それ以後タエ子と相手方は別居状態となつた。相手方はこのころになつてタエ子と松田との間に情交関係があつたことを知り、自分が申立人の父親であるかどうかについて疑念を抱くようになつた。そしてタエ子と相手方は、昭和五一年九月二四日申立人の親権者をタエ子と定めて協議離婚した。タエ子と上記松田和夫は、同年一〇月から同棲を始め、申立人を監護養育している。ABO式による血液型は、申立人がA型、タエ子がO型、相手方がB型、松田がA型である。

以上のとおり認められる。

3  以上の事実によると、タエ子は、申立人を懐胎した当時、相手方と夫婦として同棲していながら、他方では、上記松田和夫との情交関係が継続していたのであるから、申立人は必らずしも相手方の子ではなく、松田の子である可能性もあるというべきところ、ABO式の血液型による親子関係の判定につき、男女の一方がB型、他方がO型の場合、その間にA型またはAB型の子が生れることのないことは、生理学上の法則として承認され、社会的な常識とされているところであるから、これによると、O型である母タエ子から生れたA型である申立人にとつては、B型である相手方は、父ではあり得ないこととなり、他方申立人とA型である松田が親子であつても矛盾がないということができる。したがつて、申立人が相手方の子ではないことがこれによつてあきらかであり、このことと上記の諸経緯を併せ考えると、申立人は上記松田和夫の子であるものと認められる。

4  ところで、申立人は、タエ子と相手方の婚姻中であつて、その成立の日から二〇〇日後である昭和四六年一月一一日に出生したのであるから、申立人と相手方との関係については、形式的には民法七七二条が適用され、申立人が相手方の嫡出子であることの推定を受けるようにみえる。そして、相手方が、申立人の出生後一年以内に嫡出子否認の訴提起または調停の申立をしなかつたことが相手方審問の結果によつてあきらかであるから、もし本件が嫡出子であることの推定を受ける場合であるとすれば、相手方が嫡出子否認の訴の出訴期間を徒過したことにより、最早その推定を覆す方法がなく、法律上申立人と相手方の嫡出親子関係が既に確定されたものとして何人もこれを争い得ないこととなるのである。

しかしながら、上記の如く血液型の対照により親子の血縁が否定される場合には、他の証拠をまつまでもなく親子関係の不存在を断定するに足りるものであり、かような科学的証明により親子関係が一〇〇パーセントあり得ないものとして否定された場合には、外形上は民法七七二条に該当する場合であつても、次に述べる理由により、同条の適用は排除され、生れた子が夫の子と推定されることはないものと解すべきである。

すなわち、同条による嫡出性の推定につき、同法七七四条以下において、夫が子の出生を知つた時から一年以内に出訴することによつてのみ子の嫡出性を否認できるものと定めたのは、一つには、夫婦が正常の婚姻生活を営んでいる場合に、妻がたまたま夫以外の男子との性的交渉によつて子を生んだとしても、その子の嫡出性に関して濫りに第三者の介入を許すことになると、徒らに夫婦間の秘事を公けにし、家庭の平和をみだす結果になるので、その不都合を防ぐためであるが(最判昭四四・五・二九民集二三・六・一〇六四参照)、さらに父子関係を早期に安定させることにより、未成熟子に対する安定した養育を確保することをも考慮したものと解される。しかしながら、父子の血縁のないことが疑う余地のない場合においても、出訴期間の徒過により、法律上嫡出親子関係を争い得ないものと解することは、親子の感情が本来血縁に根ざすものであることをあまりにも無視するものであり、また、そのように当事者を束縛してみても、当事者間に実親子としての情愛を生ずることが期待できるものではなく、当該親子関係は、戸籍の記載はあつても実体のない、単なる形骸と化するおそれが多分にあるといわなければならない。そして、そのような事態が子の福祉のためにも好ましくないものであることはいうまでもない。

かような場合に、嫡出子の推定を否定し、第三者からの父子関係の不存在の主張がいつでも許されることになると、それまで維持されてきた家庭の平和が第三者の介入によつて乱され、子の福祉が害される如き場合もおこり得ないではないが、そのことから逆に、上述のように血縁のないことが明白な夫と子を親子として終世拘束することがたやすく是認できるものではなく、もともと血縁のない両者に関しては、上記のような結果を生ずることがあつても止むを得ないものと考える。

まして、本件においては、タエ子と相手方は既に離婚し、タエ子は申立人の血縁上の父である松田和夫と同棲して、同人とともに申立人の養育に当つているのであるから、申立人と相手方との家庭生活は既に失われており、申立人の監護養育の観点からも相手方との間の法律上の父子関係を断ち切ることの方がむしろ望ましいといえるから、本件に嫡出子の推定を肯定することは結果において極めて不当であるといわなければならない。

5  以上の次第であるから、申立人と相手方との間に親子関係が存在しないことがあきらかであり、その不存在を確認することに何等の妨げもないというべきである。よつて、調停委員の意見をきき、上記合意を正当と認め、家事審判法二三条により主文のとおり審判する。

(家事審判官 橘勝治)

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